母に捧ぐ誓い(2011.09.14)アルジズ誕生日短編


「アルジズ」
「おや? 珍しいですね。どうしましたか? マスター」

 大聖堂の地下、研究室にマスターセシリオが来るのは久方ぶりだ。
 大聖堂にさえ、滅多に来ないこのお方は何かをたくらんでいるような笑みを浮かべている。

「一年で一番不幸な日ですから、慰めてあげようかと思いまして」
 言葉と同時に、顔面を目掛けて何かが飛んでくる。
 ぐちゃりと嫌な音と衝撃。
 ……またか。
 溜息が出る。
「……二百年来変わらずありがとうございます」
「いえ、僕にとって、年に一度の楽しみですから」
 顔面にぶつけられたのはケーキ。
 しかもこの方は、このためだけにケーキを作ってくださった。
 全く。無駄が好きな方だ。
 あらかじめ用意されていた手ぬぐいを受け取り顔を拭く。
「それで? いくつになったんです? 化け物」
「貴方程ではありませんよ。今年で237になります」
「よく数えていますね」
「騎士団を抜けてからの年月を数えれば分かります」
 今となっては昔のことだ。
「騎士団時代は貴方も相当やんちゃでしたね」
「恥ずかしながら。マスターには大変なご迷惑をお掛けしたと。それに、昔から貴方にはお世話になっています」
「いえ。僕も、優秀な同志を持てて嬉しいんですよ。貴方は僕の部下ではない。同志です」
「マスター」
「セシリオ、で構いませんよ。何度も言いますが、貴方は僕の部下ではないのですから」
 これはこのお方の優しさだ。
「もう、上に縛られる生き方は嫌でしょう?」
 悪戯っぽい笑み。
「そう、ですね」
 けれども、貴方の下で尽くすのなら、悪くないように思える。
「私はこの女神に忠誠を誓います。幼き女王ではなく、全能なる我らが母、月の女神に忠誠を」
「……この20年ほどで貴方は随分変わった」
「そう、かもしれませんね。貴方の影響は大きい」
 そうして、私は感謝しても足りないほど、この方に大きすぎる恩がある。
「僕は、何もしていませんよ」
「貴方が、私に信仰を下さった」
 そして、この大聖堂を任せてくださった。新たなる役割を。
「それは、母のご意思です。僕の意思ではない」
 我らが母のお声を聴くことの出来るただ一人のお方。
 マスターセシリオ。
「ベルカナは元気ですか?」
「ええ、元気すぎるほど。昔では考えられません」
「あの子は何時までたっても幼いまま。永遠の子供ですね」
 マスターは微かに溜息を吐く。
「時折、玻璃もああなればよかったと思いますよ」
「玻璃が?」
「幼いままのほうが彼女にとってもよかったのではないでしょうかねぇ?」
 マスターは普段は見せないほどのんびりと言う。
「貴方の三人の娘は変わりありませんか?」
「どうせ朔夜に毎日聞かされているのでしょう?」
「ええ、また瑠璃が戻らないようですね」
 人懐っこいしっかりものの朔夜と放浪癖のあるやんちゃな瑠璃、人見知りの激しい悪戯っ子の玻璃。あの三姉妹は見ていて楽しい。
「朔夜は近頃随分悲観的ですが、それでも以前よりは大分落ち着きましたよ」
「そうですか。ところで……」
「はい?」
「ケーキの味は如何でしたか?」
 大真面目に彼は訊ねる。
「そうですね。毎年のことながら、私には縁の無いものの象徴のような味でしたよ」
 そう告げれば彼は笑う。
 最下層からのし上がって騎士団に入ってかなりの高給取りだった。何でも手に入る場所にいて、何も求めなくなった。
「マスター」
「貴方にそう呼ばれるとくすぐったい」
「貴方に出会ったのも今日でしたね」
「ええ、それが貴方の不幸です」
「いいえ、貴方のおかげで私は生きている」
 そう、この方に会う前の私は死んでいた。
 何も求めないただの死に向かう人形。
「私は朔夜が羨ましい」
「何故です?」
「貴方の家族でありながら、貴方の部下でいられるからです。私は、同志よりも部下になりたかった」
 結局私は主を求めるのだ。
「貴方には既に主があるでしょう?」
「……ええ」
 そう、私に最高の主を与えてくださったのだ。
 全能なる母を。
「マスターセシリオ。貴方に感謝を。そして、我らが母に感謝を」
 
 今日この日こそ私の死んで生まれた日なのだ。
 そして、新たに誓う日でもある。

 生涯、この方に忠誠を。

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生涯に一度きり(2011 アラストル誕生日短編)


 今日と言う日は一度きりしか来ないとは言うが、何故毎日が同じ繰り返しでしかないのだろう。
 そう、思っていた。
 だが、そうではないのかもしれないと思えるのは、あいつが顔を出すからだろう。



「……で? 何故俺のベッドの下にお前が居るんだ?」
 見つかりたくないものを隠す場所上位に女が居れば死体か何かではないかと思われるのではないかなどと考えながら、ベッドの下の玻璃を引きずり出す。
「居心地が良かったのに」
「暗くて狭くて硬いところが?」
「うん」
 半分くらい引きずり出したところで、玻璃は何かを蹴飛ばして這い出て来た。
「おい、今何蹴った?」
 ベッドの下はこいつが隠れるから何も置いていなかったはずだ。
「あ、忘れてた」
「なんだよ」
「マスターからのプレゼント」
 玻璃がそう言ったかと思うと顔面に勢い欲甘ったるい匂いのするべたつく何かをぶつけられた。
「……てっめぇ……いきなり何しやがる!」
「マスターが全力で顔面にぶつけるのがハデス流の祝い方だからそうしてあげなさいって」
「は?」
 一体どこでそんな間違った知識を仕入れたんだ?
 いや、確実に嫌がらせだろうが。
「アラストル、お誕生日でしょう?」
「だからと言ってティラミスを人の顔にぶつけるな」
 傍にあった布を拾い上げ顔を拭く。
 最悪なことにそれは毛布だった。
「あー……洗濯屋に持っていかねぇとな……」
 あのセシリオ・アゲロと言う男はどうしても地味な嫌がらせをしたいらしい。
 近頃はルシファーのところにも顔を出すということを聞いたような聞かないような。
「あ、ルシファーにありがとうって言っておいて」
「何が?」
「マスターがこの前お土産持ってきたの。ルシファーからって。苺みたいに真っ赤な石」
「……それ、ルシファーが無いと騒いでたルビーじゃねぇか?」
 やっぱりあいつの仕業か。
「お前のとこのマスターに二度と来るなと伝えてくれ。来る度に金目のものが消えていくんだよ。
 迷惑な奴だ。
 溜息が出る。
「綺麗だったよ」
「だろうな。リリムへに指輪にでもして贈ろうと考えていた入手したばかりの最上の石だからな。お蔭でうちのアジトの前を通った一般人が十人ほど炭になった」
 歩く公害どもめ。
「これ、瑠璃から」
「ん?」
「呪われた剣。剣士にはぴったりって」
 入手ルートがすげぇ気になる。
「持った奴が全員死ぬだか、どんなに拭っても綺麗にならないとかいう剣だろう?」
「うん。アラストルにって」
「いらねぇ。むしろ捨てろ」
 なんでこいつは持ってて平気なんだよ。
「お前は呪詛向こうとかそういうのがあるのか?」
「存在自体が呪詛だから」
「は?」
「呪詛から生まれたから」
 これは日ノ本ジョークか?
 日ノ本人は良くわからないことを言う。
「笑うポイントはどこだ?」
「そんなの無い」
「は?」
「場の空気をぶち壊す」
 理解できない。
「で、朔夜からはこれ」
「……今度は呪いの盾とかいわねぇよな?」
 恐る恐る包みを解く。
 そういえば、瑠璃は梱包さえしていなかった。
「……絵本?」
 タイトルは『クレッシェンテ名作集』。
「思いっきり子供向け絵本じゃねぇか……」
 ダメだ。
 ディアーナの連中は地味な嫌がらせをしたくてうずうずしているらしい。
「あとね、アンバーとジャスパーからも預かってるよ」
 そう言って渡されたのは食虫植物といかにも毒々しい料理だった。
「……もうねぇよな?」
「あるよ」
 絶望的だ。
 次に何かを開けたら毒ガスが発生するか爆発でも起きるのではないかと思う。
「私からはこれ」
「ん?」
 可愛らしくリボンを付けられた外見に惑わされてはいけないと思いつつも開く。
 一枚の絵。
「……リリアン?」
「この時期になると毎日夢に出てくる」
 玻璃は少しだけ不機嫌そうにそう言う。
「シルバは来てくれないのにリリアンばっかり来る」
 もう、忘れかけていたかもしれない妹の顔が鮮明に描かれている。
「お前、クレッシェンテ一の天才画家だよ」
「殺し屋よ?」
「画家のほうが上手くやっていける」
「そうかしら?」
 玻璃はどうでもよさそうに窓の外を見た。
「シルバの顔、もう思い出せないの」
「……ああ」
「ずっとアラストルに似てるって思ってた」
「ああ」
「なんだか、思い出せるのはアラストルの顔ばかりで、シルバの顔、ちゃんと思い出せないって思い始めた」
 それは似すぎているせいなのか、記憶が薄れているからなのか……。
「お前の描いたリリアンを見れば、本当にお前とリリアンは良く似ていると思う。けど、雰囲気が違う」
「それは私もそう思う」
「ほぅ」
「シルバはね、いたずらっ子の顔でマスターにも悪戯仕掛けてたから」
 怖いもの知らずの奴だ。
「リリアンはお前よりは器用だった」
「……殺しより繊細な作業は出来ないの」
 不機嫌そうに玻璃は言う。
「言い忘れていたわ」
「難だ?」
「お誕生日、おめでとう。だったかしら? リリアンが」
「ああ。ありがとう」
 もう、会えない。
 そう思っていた妹に、もう一度会えた気がする。
 けれど、それは結局は幻影。
 今日と言う日は二度と来ないように、目の前の玻璃がリリアンに変わることは無い。
「玻璃、飯食って行くか?」
「うん」
「相変わらず遠慮がねぇやつだな」
「アラストルのご飯美味しいから好き」
「ん、そうか?」
「うん。マスターみたいに毒を混ぜないもの」
 そう言う玻璃に思わず溜息が出た。
「毎日じゃないの。抜き打ちで毒が混ざったのが来るの。食器が変色する前に気付かなかったらその日はご飯がもらえないの」
 どんな修行法だよと呆れずには居られない。
「お前の部下とかはどうなんだ?」
「弱い毒を飲まされたりする。だって、慣れないと大変でしょう?」
「つくづくディアーナに行かなくて良かったと思うぜ」
 身寄りの無い子供ばかりが集まるというディアーナは歪んだ人間ばかりがそろっているような気がしてならない。
「アラストルはハデスに居るのが良いと思うの?」
「ああ」
「ふぅん」
 玻璃はどうでもよさそうな返事をする。
「でも、私はマスターに出会えて幸せ。だって、マスターが居なかったらきっとアラストルには出会えなかった」
「……まぁ、そうだな」
 全ては必然とでもいうのだろう。
「俺も、ナルチーゾ生まれでよかった」
「どうして?」
「ナルチーゾに生まれていなければルシファーには出会わなかったし、剣士でも無かった」
 人間と言うのは生まれた時から既に人生が決まっているのかもしれない。
 なんて思えるから不思議だ。
「前にね、蘭が言ってた」
「ん?」
「出会った全ての人が運命の人なんだって。だから、アラストルも私の運命の人」
 玻璃はどこか嬉しそうに笑った。
「まぁ、否定は出来ないな」
 運命の人なんて言い方は大げさかもしれないが、確かに玻璃は『運命の人』だ。
「繰り返すばかりの退屈な人生を変えたって意味では運命かもな」
「難しいと解らない」
「ほぅ? お前が言い出したんだろう」
「アラストルは直ぐに難しくする。もっと簡単に考えないと」
 そう言って玻璃は考え込む。
 まだまだ子供だ。
 だが、こいつが居るから人生に変化があるのだと思うと、今日くらいは少し手の込んだものを作ってやってもいい気がして、いつもより少しばかり気合が入った。

テーマ : 短編小説 - ジャンル : 小説・文学

退屈(2011 ウラーノ誕生日短編)

クレッシェンテ王都ムゲットから少しばかり北に外れた地ナルチーゾ。
  ここを治めるはナルチーゾ伯だった。

 ナルチーゾ伯爵邸は美しく豊かな薔薇園に囲まれた古城、この古城はステーラと呼ばれている。
 中には絢爛豪華な調度品に美しい召使い達がおり、全てが麗しい城主、ウラーノ・ナルチーゾ伯のもの。そう、城下では囁かれている。

 彼は大変民から慕われる城主であり彼もまた、ナルチーゾを愛してる。

 そんなナルチーゾの特産品は葡萄と薔薇、それに伴いワインと香水は他国にも知れ渡る素晴らしいものが作られる土地だ。

 一見、悩み事など無いように思われるナルチーゾ伯だが、彼には深刻な、彼にとっては深刻な悩みがあった。




「ああ、退屈だ……」
 思えばもう一週間も誰とも会話を交わしていない。
 ウラーノは深い溜め息を吐いた。
 特に客人も来ないこの地で、使用人たちも姿を見せない。彼らは姿さえ見せずにただ黙々と仕事をこなしている。
 それに不満は無い。だが、どことなく寂しさを感じる。

「セシリオもスペードも顔を見せないなんて薄情な奴らだ。仕方ない。私から呼び出そう」
 ウラーノはダイヤルを回す。
 最近発明されたばかりの魔動式電話機はまさに科学と魔術の融合とも言える品だ。
 中に入っている魔女の石が動力源なのだ。いかにもクレッシェンテらしい品だ。

「スペード、退屈だよ」
『知りませんよ、そんなこと』
「薄情だね」
『僕は忙しい』
「友人が退屈で死にそうだと言うときにそんなことを言うのかい?」
『なら死になさい』
 電話は切られた。

「全く、薄情な奴だ。こうなったらセシリオだね」
 再び電話を回す。

『誰?』
 電話越しの声は予想していた男のものではなく、幼さを感じる少女の声だった。
「ウラーノと申します。セシリオはいるかな?」
『マスター? マスターはいないよ』
「そう、なら君でもいいや。名前をお訊ねしても?」
『オタズネ?』
「あー、名前を訊いてもいいかな?」
『玻璃』
 少女は静かに答える。
「退屈なんだ。少し相手をしてくれないかな?」
『なに?』
「なんでもいいよ」
 どうやら彼女も乗り気のようだ。
 恐らくは退屈していたのだろう。

「ナルチーゾに来てくれないかな?」
 交通費はあとであげるよと告げれば彼女はうんと頷いた様子で電話を切った。



 砂時計を三回程ひっくり返した頃、伯爵が待ちわびていた客人が来た。

「来たよ」
「いらっしゃい」
 ナルチーゾ伯は上機嫌で玻璃を出迎えた。
「で? 何をするの?」
「お茶でもどうかな? 君はコーヒー派? それとも紅茶かな?」
 好きなのを用意するよと告げれば、彼女はココアと答える。
 仕方ないので彼はメイドにココアと紅茶と茶菓子を頼むことにした。

「君はセシリオのところで何をしてるの?」
「仕事」
「何の仕事かな?」
 ウラーノは完全に子供に話しかけるような玻璃に話しかける。
 玻璃は少しムッとした様子で答える。
「主に殺し」
「へぇ、人は見かけによらないね」
 ウラーノは少しだけ驚いていた。
 てっきりメイドか何かだと思っていたが、そういえばセシリオはメイドを雇わない程には用心深い男だったと思い出す。
「今日は休み?」
「うん」
「普段は何してるの?」
「絵を描いているわ」
「へぇ、何を描くんだい?」
「なんでも」
 ウラーノは表情の変わらない玻璃をじっと見ていた。
 出会ったばかりの頃のセシリオに似ていると感じた。
「今度私の肖像画を描いて貰えないかな?」
「いいよ」
 ウラーノは出会ったばかりのこの少女をもっと知りたいと思った。

 声なく、気配もなく、いつの間にかテーブルにカップと皿が並べられている。
「何?」
 玻璃は警戒した様子で辺りを見回した。
「うちの使用人はみんなシャイなんだよ。仕事は優秀だから安心してくれ」
「……落ち着かない」
 玻璃の言葉に彼は笑う。
「セシリオと同じことを言うね」
「えっ?」
「私の友人たちは使用人達が気配を消すのが落ち着かないと言ってなかなかここに寄り付かない」
 ウラーノが言うと玻璃は納得したように頷く。

「どうして気配を消すの?」
「お客様に気を使ってるんじゃないかな? まぁ私も執事以外の顔を見たことがないのだけどね」
 彼は豪快に笑った。
「むしろ客人を不快にすると思う」
「そう? だけど、退職させようにも姿が見えないからねぇ」
 ウラーノにはどうでもいいことだ。
「美味しい」
 唐突に玻璃が言う。
「それは良かった。ナルチーゾ自慢の蜂蜜を使ってるんだ」
「蜂蜜?」
「まだムゲットには出荷してないがナルチーゾじゃちょっとした名物だ」
「ふぅん」
「良かったら持って行くかい?」
「いいの?」
 途端に玻璃は目を輝かせる。
「じゃあ土産に包ませよう」
 うまくいけば次はセシリオも来るかもしれないと彼は期待していた。
 たまには友人の顔が見たい。だけどもあまり領土を空けるわけにもいかないのだ。

「ねぇ」
「なんだい?」
「今度、他の人連れてきても良い?」
「他の人?」
 ウラーノはしめたと思ったことを必死に隠しながら訊ねる。
「アラストルと一緒に」
「アラストル?」
 どこかで聞いたことのある名だったが期待はずれだ。
「アラストル・マングスタ」
「ああ」
 思い出した。たしか剣士だった。ここらじゃ名のしれた彼かとウラーノは考える。
「丁度一度会ってみたいと思っていたんだ。大歓迎だよ」
 本当はそれほど興味は無いが、この退屈な地に客人が来ると思えばそれだけで満足だ。
「アラストルはナルチーゾ出身なんだよ」
「ああ、それで?」
「凄くいい人」
「ナルチーゾ出身に悪いヤツなんていないさ」
 クレッシェンテらしからぬ表現をナルチーゾ伯は自信たっぷりに口に出す。
「あなたのことだったのね」
「何が?」
「ナルチーゾ」
「ああ、ナルチーゾさ」
  ナルチーゾは酷い自惚れ屋のことを指すとセシリオ・アゲロに教えられていた玻璃は、彼がその語源となった人物ではないかと確信した。

「ウラーノ」
突然声が響いた。
「やぁ、セシリオ」
「僕の可愛い娘を誘拐とは良い度胸ですね」
「誘拐とは人聞き悪い。玻璃は自主的に来てくれたんだ。ねぇ? 玻璃」
「うん」
玻璃は静かに頷いた。
「遊びにおいでって」
「玻璃、知らない人に誘われても言ってはいけないと言いませんでしたか?」
「もう知らない人じゃないさ。ねぇ、玻璃?」
「うん」
 セシリオは深い溜息を吐いた。
「帰りますよ。仕事です」
「はい」
 玻璃は立ち上がる。
「あ、蜂蜜……」
 玻璃は一度ウラーノを見た。
「ああ、持って行きなよ」
 いつの間にかテーブルに用意された蜂蜜。
「ありがとう」
「いや、構わないよ。またいつでもおいで」
「うん」
 嬉しそうに笑う玻璃に、セシリオは溜息を吐いた。
「もういいでしょう? 今日は忙しいですよ」
「大丈夫。瑠璃は?」
「もう他の任務に出ています。朔夜もです。さぁ、玻璃、これからオルテーンシアに行きますよ」
「はい。ウラーノ、またね」
「ああ、また。セシリオもたまには遊びにおいでよ」
 ウラーノはセシリオを引き止める。
「僕は、貴方とは違って忙しいんです」
 そう言って、セシリオは玻璃の手を引いて城を後にした。

「つれないな」
 ウラーノは呟く。
「ねぇ、誰か居ないの? 凄く、退屈だよ」

 返事は無い。

 また、広すぎるステーラで、一人過ごす日々が始まる。
 長すぎる退屈に、ウラーノは自分の生を呪いたくなった。

テーマ : 短編小説 - ジャンル : 小説・文学

バースデーケーキ事件(2010 神谷屡歌誕生日短編)

 その日、神谷は酷く退屈していた。
 普段なら勝手に部屋に入っても何も言わない巳緒に部屋を追い出され、いつもからかって遊べるシリルは居ない。アレクサンドラは巳緒と共にどこかへ行ってしまった。

「何事だ?」

 城に居る召使たちはなにやら慌しく動いている。
 声を掛けても止まらない。
 まるで神谷だけが時間軸から弾き飛ばされたようだ。
「巳緒がいない」
 落ち着かない。
 仕えるべき主であるはずのあの少女がいない。
 そもそも従者となった時点で、あの少女を護るべく、常に影となりそばに侍るのが正しい姿だったはずだ。
「巳緒に何かあった……ということは無かろうが……」
 王の身に何かあればここまで静かであるはずが無い。
 なにせこのタロッキには既に跡継ぎが居ないのだ。

「巳緒様! 危ないですからもうなにもしないでください!」
 
 厨房から響く声。
「厨房?」
 間違えても王が行く場所ではない。
「巳緒、何をしておる?」
 神谷は口元を扇で隠し、中へ入る。
 ここに居る料理人たちの匂いは不快だ。
 常に死人と墓土の匂いがする。
「あ、神谷さん、丁度良いところに」
 巳緒が嬉しそうに神谷を見る。
「何事だ?」
「ケーキの蝋燭は何本必要ですか?」
「は?」
「お誕生日ケーキの蝋燭です」
「……すまぬ。話が見えぬ」
 神谷は生まれて初めて宇宙人と会話をするのはこんな気分なのだろうかと感じた。
「え? だって、今日神谷さんのお誕生日だってアレクサンドラから聞いたから」
「……何故あれが我の誕生日を知っているの?」
 神谷は首を傾げた。
「えっと……さぁ?」
 巳緒は困ったように神谷を見上げた。
「そして何故蝋燭など訊く?」
「え? だってお誕生日のケーキには蝋燭を立てるでしょう?」
「それはどんな魔術じゃ?」
「えっと……また一年幸せに過ごせるように?」
 巳緒は考え込みながら言う。
「歳の数だけ蝋燭をつけるんですよ」
「ほぅ……生憎歳など600を過ぎた頃から数えるのを止めたわ」
「うわぁ、長生きですね。人生に飽きそうですよ」
「そうじゃのぅ、巳緒に出会うまでは退屈だった」
 カリエドの腕で眠る巳緒に癒された。いや、許された気がした。
「お前が我に許しをくれた」
「え?」
「一族の誰もが、国の誰もが我を不要とし、罪深いものだと陰で言っていたことは知っている。だが、お前は初めて会ったその日に我に許しをくれた」
 神谷は巳緒の頭を撫でる。
「我の歳などとうに忘れた。そなたが好きなだけ蝋燭を立てるが良い」
「いいかげんですね」
「誕生を祝われたことは無いものでな」
 神谷は笑った。
 まさか自らの棺に刻まれた印のみで誕生日を知っていたとなど目の前の少女には言えない。
「巳緒」
「なに?」
「料理人が嘆いていたのは何故だ?」
 少しばかり居心地が悪くなり、当初の質問を返す。
「あ、それがね。私がケーキ焼こうとしたらみんなが止めるの。アレクサンドラは隅で固まって……あれ? アレクは?」
「先程異臭に負けて出て行かれました」
「そう? あ、生ゴミの傍に居たからね」
 巳緒は仕方ないな、などと笑っているが、充満している異臭は間違いなくこの料理人たちから発せられた死臭のはずだ。
「巳緒は何も感じぬのか?」
「何が?」
「匂いじゃ」
「あ、えっと……墓地みたいな匂い?」
「気にならぬか?」
「全然」
 けろりと言ってみせる巳緒に神谷は深い溜息を吐いた。
「さて、ケーキも出来たし神谷さんには特別に和蝋燭を用意しましたから好きなだけ挿してください。アレクは7百本くらいって言ってました。だからケーキも大きいの作ったんです」
 嬉しそうに巳緒が指すそれはどう見ても地獄へ続く螺旋階段にしか見えない。
「……巳緒、すまぬが我は血液しか受け付けぬ故……」
「あれ? 食べて食べれないことは無いんでしょう?」
「うっ……」
 幼い主の言葉に神谷は反論出来ない。
「これは、食い物か?」
「当然です。ケーキなんですから」
「いや、あまりにも芸術的で腹に収めるのは勿体無い」
 正確にはあまりにありえない毒々しさを醸し出している。
「大広間でみんなで食べましょう? さっきアレクに味見してもらったけど美味しいって言ってたから多分大丈夫です」
 あまりに嬉しそうに言う巳緒に、神谷は逃げ場を失った。





 その後一週間、タロッキで、神谷とアレクサンドラのとシリルの三人の姿を見たものは居なかった。

テーマ : 短編小説 - ジャンル : 小説・文学

○○おいしい???

「ねぇ」
 唐突に玻璃が口を開いた。
「なに?」
 薫は不思議そうに玻璃を見る。
「私、食べても美味しくないと思う」
「は?」
「血と肉の味しかしないと思う」
「何の話?」
 もともと個性的な子だと思っているがまるで宇宙人と会話をしているようだと薫は思った。
「アリスがね、私のこと、食べちゃってもって言うから考えてたの。どう考えても美味しくないって」
 薫は頭を抱え込んだ。
「それは比喩に決まってるだろ。まぁスペードなら下の方に解釈するだろうとは思ったけどさ、まさかそのままの 意味で受け取られるとは言った本人も思わなかっただろうに」
「そうなの?」
 玻璃は目を丸くした。
「ああ」
「でも、私食べても美味しくないよ?」
 ようやく終わったと思った話題をふりだしに戻され、薫はペン先を折ってしまった。
「なんだよ、それ」
 だいたいお前食うとこ無いだろ。
 そう告げれば玻璃は首を傾げた。
「無いの?」
「いや、少しはあるかも知れないけど……玻璃よりは瑠璃の方が食べる所あると思う」
 肉って筋肉だからさ。薫が言うと玻璃は思いついたように言う。
「だったらアラストルは食べるところ沢山あるね。脳まで筋肉だから」
 その刹那、分厚い百科事典でぶん殴ったような音がした。

「だ・れ・が脳まで筋肉だぁ?」

 アラストルだった。
 手には書類の束がある。
 恐らくは自宅に持ち込んだ仕事だろう。
「痛い」
「うるせぇ。大体俺の家で昼間っから下ネタ会話してるんじゃねぇよ! クソガキ共! 特に薫! 玻璃に余計なことを教えるな!」
「てめぇの耳は節穴かよ、三十路」
「あぁ?」
「玻璃に食うとこが無いのは筋肉が少ないからだと教えただけだろ。民俗学だ。それよりあんたの頭が下ネタだよ、三十路」

「まったく、僕の薫に言いがかり付けるなら逮捕するよ? アラストル・マングスタ」

 突然の声に驚いて窓を見ると、窓枠にジルが腰掛けて居た。
「何でお前が俺の家の窓枠に腰を下ろしてるんだ?」
「薫を迎えに来ただけだよ。陛下がお呼びだ」
「はいはい。じゃあ玻璃、またね」
「うん。あっ」
「ん?」
「薫は美味しい?」
「……頼むからその話題から離れてくれ」
 薫は深い溜め息を吐いた。




泡のアリスさんの「食べちゃっても」と言う発言から妄想。
お詫び。敬称略でごめんなさい。玻璃の中に敬称と言う概念が無いんです。

キャストも結構想定外だと思いますので一覧を。

玻璃:黒の殺し屋
薫(月城薫):異界の旅人
アラストル・マングスタ:銀の剣士
ジル(ユリウス):黒の騎士


薫はクレッシェンテ放浪記の名前が出てこない主人公です。

クレッシェンテ放浪記は結構ギャグ的に恋愛を入れてますので(しかも本編と全く関係ないパターンまで)

スペード→薫←ジル が固定化しています。
薫は女の子大好きな女の子なので玻璃、ミカエラ辺りが大好きです。


こんな設定もご自由にネタにしていただいて構いません。

泡のアリスさん、もしよろしければ貰ってやってください。

テーマ : 短編小説 - ジャンル : 小説・文学